猜疑的なミカタ

何気ない日常をもう一度見つめ直す日記

偏差値教育は害悪か?

 

塾講師として教育に携わっている(所詮アルバイトではあるが)以上こういった言葉を聞くのは日常茶飯事である。

 

「志望校を変えようと考えています」

 

まあ大体話の内容は見当がつくと思うが、偏差値点数が足りなくて泣く泣く受ける学校のランクを下げる行為に及ぶ訳だが、私はこのシーズンでその決断をすることには決して許さないスタンスをとっている。

偏差値教育とは何か

 このような発言を教師や親御さんの前でしてしまえば「偏差値至上主義だ」とか「子供の意思を尊重しろ」とか袋叩きに合うので言わない(むしろ言えない)けれども、おそらく私の意図は解かってもらえていないのだろう。そもそも偏差値教育とは何か、厳密な定義は無いようだが、私が思うそれとは「偏差値の高い学校に合格する人は勝ち組だ。だからペーパーテストで点数がとれるように受験勉強への専念やテクニックの追求を徹底する教育。点数がとれる子には褒めるは出来ない子には厳しく接する」であろうか。このことに従って教育をすれば生徒が自信ややる気を喪失、卑屈になったり反抗したりする事は容易に想像がつく。

偏差値はあくまで1つのモノサシ

では仮に偏差値を撤廃してなにか別の方法で生徒を計ることが出来るか、という問いに対して明確な答えを提示する人など今までお会いしたことは無い。例えばアメリカの大学では入るのが簡単で卒業が難しいとか言われているが、それでもGPA(日本でいう通信簿)やSAT(テストのこと)、小論文は使用されている。世界のどこに居ようが序列はつけられるし「序列なんて無駄」なんてほざくこともナンセンスだ。

大学に入る前にやって欲しい事

 

ではなぜ私が志望校を安易に変えることを叱るのかだが、結局その行為が自分を楽な方に逃がす口実でしかないから。特に中学生は受験が初めてという子が多く(私もそうだが)不安になる気持ちは理解できなくはない。ただこういう発言をする子に限って勉強時間はほとんどゼロである。正直に言ってこんなヌルい考えは何も生みださない。受かる落ちるは勿論得点や結果として出てくるし、努力した結果自分はこの選択にしました、ならば私は大きく評価する。

 

センター試験まではあと80日、頑張りましょう(質問ならいくらでも聞きます)

 

長文失礼致しました。